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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)2089号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一被告が大阪市港区弁天二丁目一番八号所在のマンション弁天コーポ管理組合の元理事長の職にあつたこと、被告が昭和五九年三月八日の夜から翌九日の朝にかけて、弁天コーポの各居住者(弁天コーポは、一八一戸で構成されている)らに対し、「お知らせ、和田繁夫について」と題する本件文書及び不動産登記簿謄本の写しを配布したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、また、<証拠>によれば、被告の配布した不動産登記簿謄本の写しは、別紙物件目録記載の専有部分の建物の登記簿謄本の写しであつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二そこで、本件文書が原告の各誉を毀損するものであるか否かについて判断する。

1 <証拠>によれば、本件文書には、「……和田繁夫氏は五四年三月自分の経営していた(株)和田工業所が倒産し、大阪地裁より大阪市西区川口三の一の一の自分の住居兼社屋を差押えられ、其後破産宣告を受け……」と記載されていることが認められるところ、原告は、右記載によつて、原告が破産者であるかのような誤つた印象を一般に与えたと主張するが、右原告の主張事実に副う<証拠>はたやすく信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。却って、右記載は、原告個人が破産者であるかのように誤つた印象を与える事実を摘示したものではなく、原告の経営していた訴外株式会社和田工業所が倒産し、その後破産宣告を受けたとの事実を指摘していることは、その文言に照らして明らかであるから、右の点に関する原告の主張は失当である。

2 次に、<証拠>によれば、本件文書には、「和田氏の住民票は現在も西区川口三の一の一に有り、法律上住所不定と成ります。」と記載されていることが認められるところ、原告は、右事実は、虚偽の事実を摘示するものであつて、原告の名誉を毀損するものであると主張するが、右原告の主張事実に副う<証拠>はたやすく信用できず、他に右原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。却つて、<証拠>によれば、右記載は、原告の住民票は大阪市西区川口三の一の一にあるが、原告は同所に居住しておらず、公簿の上では、住所が不明であるということを表現しているものに過ぎず、原告の住所が現実に定まつていないことまでも摘示したものではないと認めるのが相当である。そして、我が国では、住民票に記載の住所とは別のところに住所のあることもあり得ないことではないから、右の記載は、何ら原告の名誉を毀損するものではないというべきである。よつて、右原告の主張も失当である。

3 さらに、<証拠>によれば、本件文書には、「此の様な人物(和田繁夫)が副理事長を受ける事は万一理事長に事故が有つた場合、弁天コーポの管理組合の全権利、預金通帳等を自由に出来る立場と成りますから、もし何か事があつた場合には誰が責任をとるのでしようか。」との記載のあることが認められるところ、原告は、右記載は原告が組合財産を着服する可能性がある人間であるかのような事実を摘示するものであると主張するが、右原告の主張事実に副う<証拠>はたやすく信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。却つて、右記載は、原告が弁天コーポ管理組合の副理事長として適当な人物ではないことを抽象的に摘示したものに過ぎず、原告が組合財産を着服する可能性のある人物であるかのような事実までも摘示したものでないことは、その記載に照らして明らかである。よつて、右の点に関する原告の主張も失当である。

三のみならず、仮に本件文書のうち原告主張の部分が原告の名誉を毀損するものであるとしても、次の理由により、被告に不法行為責任はないというべきである。

1 原告の経営していた訴外株式会社和田工業所が破産宣告を受けたこと、原告が大阪市西区川口三丁目一番一号にその住民登録をしていることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1) 大阪市港区弁天二丁目一番八号に所在する弁天コーポは、昭和四七年二月頃に建築されたマンションで、約一八一戸からなつているところ、右弁天コーポでは、その区分所有者ないし居住者で構成する弁天コーポ管理組合が設けられている。

(2) 原告は、昭和四七年二月一〇日、弁天コーポのうち、別紙物件目録記載の専有部分の建物(三階の三〇二号)を買受けてその所有権を取得したところ、登記簿上は、昭和五四年三月三〇日付売買をもつて、原告から訴外和田綾子にその所有権が移転され、同年四月一九日その旨の所有権移転登記がされており(但し、実質的に所有権の移転がなされたか否かの点は暫く措く)、また、右専有部分については、昭和五四年三月三〇日付をもつて、訴外田川忠則のために賃借権が設定され、同年六月一六日付をもつて、右賃貸借の設定登記がなされている。したがつて、右登記簿の記載からすれば、原告は、昭和五四年三月以降右建物の専有部分の所有権を有せず、また、これに居住していないと推測できるような状況であつた。

(3) 原告は、本件文書が配布された直前の昭和五九年二月一九日に弁天コーポ管理組合の副理事長に選任され、また同五九年一一月からは、その理事長をしている。

(4) 一方、被告は、歯科技工士をしているものであるが、その傍ら、昭和四九年頃から、弁天コーポのうち、一階の一〇二号において、喫茶を経営しているところ、昭和五六年五月頃から約一年間、弁天コーポ管理組合の理事長をしていた。

(5) 弁天コーポ管理組合の副理事長は、管理組合の預金通帳と印鑑を保管することもあり、その金銭面に関与することもある。

ところで、本件文書の配布された昭和五九年三月当時、原告は、前記の如く、登記簿上は弁天コーポの専有部分の所有者となつておらず、かつ、登記簿上原告がもと所有者となつていた弁天コーポ三階の三〇二号の専有部分には、賃借権が設定されていたし、また、原告が経営していた訴外株式会社和田工業所は当時破産宣告を受けており、同会社所有の不動産は競売され、さらに、原告は、その住民登録をしている大阪市西区川口三の一の一には現実には居住しておらず、かつ、前記弁天コーポ三階の三〇二号にも、原告が居住していることを明確に認めうる客観的な状況になかつたことなどから、被告は、原告には、弁天コーポの管理組合の組合員としての資格に疑いがあり、原告が弁天コーポ管理組合の副理事長の職にあることは適当でないと判断し、このことを弁天コーポの居住者らに知らせて注意をうながすのが相当であると考えて、本件文書を配布した。

(6) 被告は、本件文書を配布するに当つては、事前に、原告の経営する訴外株式会社和田工業所の商業登記簿、原告が昭和四七年に買受けた弁天コーポ三階三〇二号の専有部分の不動産登記簿、原告の住民登録を調べるなどして、本件文書を配布した。

なお、弁天コーポの入居者台帳(乙第五号証)には、原告は、三階三〇二号に居住していない旨の記載がなされている。

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そうとすれば、本件文書に記載されている記事のうち、原告の経営していた訴外株式会社和田工業所が破産宣告を受けたことは、客観的な真実であるというべきである。

また、前記認定の如く、原告は、その住民登録をしている大阪市西区川口三の一の一には居住しておらず、弁天コーポの入居者台帳にも、弁天コーポ三〇二号の専有部分に原告は居住していないと記載されており、公簿の上ではその住居が不明であつて、いわゆる法律上住居不定といわれても止むを得ない状況にあつたものというべきであるから、本件文書に、「法律上住所不定と成ります」と記載されている部分も、真実に合致するものというべきである。

そうして、前記認定の事実関係からすれば、被告は、右のような事実関係の下にある原告が弁天コーポ管理組合の副理事長の職にあるのは適当でないと考え、これを弁天コーポの住民に広く訴える趣旨の下に、本件文書を配布したものというべきであるから、被告の右行為は、公の利害に関することであり、かつ、その目的が公益を図るために出たものというべきである。したがつて、本件文書のうち、原告の経営していた訴外株式会社和田工業所が破産宣告を受けたとの事実、及び、原告は法律上住所不定になりますとの事実をそれぞれ摘示した部分が仮に原告の名誉を毀損するものであるとしても、これを記載した本件文書を配布したことにつき、違法性がなく、原告には、名誉毀損による不法行為責任はないというべきである。

3  さらに、一般に、政治、学術、団体などの公共的問題について、政治家、学者、団体役員などの言動を論評し、批判することは、それが公的な活動とは無関係な私生活の暴露や人身攻撃にわたらない限りは、右論評により、被論評者の社会的評価を低下させたとしても、それは、論評の自由(言論の自由)として違法性を欠くものというべきところ、前記認定の事実関係のある本件においては、本件記事のうち、被告が、原告は弁天コーポ管理組合の副理事長として適当な人物でないと判断してその趣旨を記載した部分も、公的な立場とは無関係に、原告の私生活を暴露したり、人身攻撃をするものではなく、弁天コーポ管理組合副理事長という団体役員としての原告の適格性に関する公共的な事柄の論評であつて、いわゆる論評の自由に属する事柄であるというべきであるから、違法性がないというべきである。したがつて、本件文書のうち、右事実を摘示した部分も、これが仮に原告の名誉を毀損するものであるにしても、本件文書を配布したことにつき、違法性がなく、原告には、名誉毀損による不法行為責任はないというべきである。

(後藤 勇)

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